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”浦島花子”のイギリス日記 -4ー

1月には東京にも大雪が降ったとか・・・。  皆様いかがお過ごしでしょうか。有り難いことにイギリスでは年明けからとても穏やかな日が続き、昼間は重いコートが邪魔に感じられる程の暖かさです。 ここケンブリッジでは少し気の早い桜の木が可愛いピンクの花を咲かせ、日本の春を思い出させてくれます。 このまま春になるといいのですが・・・。

 さて今回は、昨年夏に参加した【ABCDの集い】についてご報告したいと思います。“ABCD”は Association British Choral Directors 、つまり “イギリス合唱指揮者協会” といったところでしょうか?

 Sir David Willcocks を代表とし、一般・学生・団体会員、総数 500余からなるこの会は、 “JCDA”のように合唱指揮者だけを対象としているのではなく、プロフェッショナルな指揮者、聖歌隊指揮者、学校の音楽担当の先生やクラス合唱を指導されている先生、アマチュア合唱団員、指揮者や合唱歌手を目指す学生、合唱音楽愛好家(合唱リスナー)、そしてOxford University Press 、Stainer & Bellをはじめとする10余の楽譜出版社、旅行会社、合唱団、大学、音楽団体など、約30の団体会員を含む幅広いメンバーによって構成されています。

 全国規模での活動と共に、日本の合唱連盟のように居住地域によって11のグループが作られ、それぞれの地域担当役員によりいろいろな形での交流がなされているらしく、入会以後、我が家にも地域独自のWorkshopや各種案内、中には「グループクリスマスパーティーをoooの家で開きます!」といったお知らせまで届いています。

  8月22日から2泊3日で行われたこの“集い”は、講習会と総会を兼ねた“ABCD”の年間中心行事であり、今回は北イングランドの大学を会場として、参加者約 150名が学生寮で寝食を共にし、ホールや教室での様々な講習の受講、リハーサル見学、招待合唱団の演奏を楽しみました。 また、メインロビーには楽譜出版社数社の展示即売コーナー、国内外の合唱祭やコンクール等の案内展示、そして今年新しく始まった「学校・一般合唱団を対象とした合唱グレードテスト」の案内・質問受付コーナーなどが設置され、休憩時間には多くの人々で賑わっていました。 バンクーバーやシドニーで行われた【世界合唱シンポジューム】のミニチュア版とも言えそうですが、実行委員とは別に今回の芸術監督が置かれ、その意思が会全体に流れていることを感じました。

 講習の内容は、カナダのNancy Telfer女史によるウォーミングアップと発声の講座をはじめ、アメリカのJohn Dickson氏による指揮法及びリハーサルやトレーニングについての各講座、児童合唱・Upper voices・Teenage chorus・Young chorus・教会聖歌隊指導者の為の各講座、レパートリー拡大の為の講座、 Folk music chorusの講座、 作曲家と語る講座、イギリスの合唱教育についての講座、 Barbershop やJazz chorus の講座 (但しこの2講座は希望者少数の為にキャンセルされたもよう) などが用意され、参加者はそれらの中から5講座を事前に選び、登録いたしました。

また招待合唱団として参加されたフィンランドの Grex Musicus, ポルトガルのGrupo Vocal Olisipo による記念コンサートでの演奏、彼らのトレーニング方法の紹介、リハーサルの公開が行われると共に、今回の^ 集い" の為に委嘱されたEdward Gregson作曲による作品を、(今、注目されている?)若手指揮者Simon Halsey氏が全参加者を相手に、超ハイスピードで効率の良い指導をするコーナー等もあり、3日間をフルに活用しての盛り沢山な内容となりました。
 更に今回は一つの試みとして【Extra ABCD pre-Convention 】と称して、前日から特にリハーサル方法や指揮法について学ぶ特別コースも設けられ、こちらにも若手を中心に20数名の参加がありましたが、一人ずつ1~2曲を振り、その指揮・指導法について講師や他の受講者からの感想やアドヴァイス、時にはそれらへの反論などもあり、なかなか面白い時を過ごすことができました。
 そして会の最後には、約1時間半程の簡単な総会が行われましたが、活動報告、会計報告、活動計画、役員紹介、参加会員紹介など、ふとJCDAの総会を思い出し、ひととき懐かしい気分に浸っておりました。またこの総会では、前年シドニーで行われた【世界合唱シンポジューム】の参加者による内容報告もあり、「次回は場所も近いので、是非イギリスからも大勢で参加しよう!」という強い呼びかけがなされたのが印象的でした。

 さて今回の講習会、特に指揮法や指導法関係の講座では、目まぐるしく次から次へと新しい楽譜が配られ、初見で歌い、振り・・ということが行われました。
 ここで使用された楽譜は、この会の為に学校や合唱団、あるいは公立図書館から大量に借り受けた楽譜、また、一部ずつに使用許諾番号と教育目的であることが明記されたコピー譜も使用されましたが、その他は Oxford University Pressをはじめとした会員出版社からの提供、あるいは貸出しによるものでした。
 「気に入ったらお持ち帰り下さい」という場合と、「要返却ですが、鉛筆による書き込みは自由です」という場合があり、何と便利なシステムか! 何と気前のよいことか!と感心いたしました。しかし、それらの講座終了後、ロビーの楽譜販売コーナーにできる長蛇の列を見、このシステムは、お互いにとって良いシステムであることも理解できました。但しこれは、楽譜出版社が「会員」という立場で会に所属しているからこそ出来ることなのかも知れませんね?

 実質3泊4日のこの“集い”。 講習会全体に流れる、“次代のイギリス合唱界を担う若手達を育てよう!”という空気を肌で感じると共に、食事やTea time、深夜まで続くBar timeなどでの参加者同志のおしゃべりを通して、これまで、CDや演奏会で聴いていたイギリスを代表する幾つかのプロ合唱団や、世界的に有名な幾つかのカレッジやカセドラル聖歌隊の活動を見ていただけでは判らなかった“普段着姿のイギリス合唱界”の一面を垣間見た思いがいたしました。
 また、彼らの多くが、ウォーミングアップや呼吸法、発声法、アンサンブルの基礎トレーニング、効果的なリハーサルのしかた、バトンテクニックという、言わば「How to」に関心を持っていること、またそれを必要としていることを強く感じました。それは今回カナダのNancy Telfer女史によるシステム化されたウォーミングアップ・発声法の講座や、ビデオ (受講者の指揮を撮り、後で再生しながらアドヴァイスをする為) を用いたり、明解なバトンテクニックの指導に徹したアメリカのJohn Dickson氏の講座への高い反響、そしてイギリスの合唱教育についての講座で、現在の音楽教員養成機関に於ける指揮法・指導法の授業時間が如何に少ないか、今後もっと実践的な授業内容の充実が望まれることが力説されていたことからもうかがえます。

━たかが1年余の滞在に於ける僅かな体験から物を語ることはとても危険であると思いますが・・・。
 渡英以来、聖歌隊や合唱団の練習、またプロ指揮者による一般愛好家を対象としたWork shop等の場に何度か触れることができました。 勿論、しっかりとした学術的根拠に基づいた深い音楽解釈や的を得た素晴らしい指導、また、それを瞬時に理解して見事な音楽をつくりだす優秀なメンバーたちに目を見張り、「さすが、合唱王国イギリス!」と感動、陶酔する時も多くございます。
 しかし反面、一般の合唱団や聖歌隊、Workshop等で、指揮者が「どう演奏するか」「その音楽をどのように理解するか」については雄弁に語れても、「その為にはどうするか」「その表現の為にどのような声やテクニックが必要か」ということには余り関心が無い、あるいは指導しない(できない)為に、不完全燃焼のまま終わってしまう場面にも何度か出会いました。
 また時には「彼らはそういう音楽教育を受けていないから」「彼らはただ“楽しみ”として歌っているのだから作品に触れる機会を持つだけで良い」「彼らの段階ではできなくても仕方が無い」と言い切る指揮者もおり、『それもアンタの仕事でしょう!』と強い怒りを覚えたこともありました。(━しかしそれは、『そんな指揮者を批判する私は、彼らのように作品の解釈や演奏方法について雄弁に語る力を持っているのか!』という強い問いを自分自身に返す機会にもなりましたが━。)

 そんな意味からも、今回ABCDの講習会に参加し、“普段着姿”のイギリスの様々な指導者たちと出会い、彼らの置かれている状況、彼らの考え方、求めているものを垣間見ると共に、厳しいオーディションを通った音楽的・知的・体力的に優れたメンバーが集まり、強い使命感とプライドを持って、連日「本番」を迎えることで更に鍛えられるカレッジやカセドラル聖歌隊、あるいは深い見識と強い音楽的欲求を持った指揮者がそれに相応しい優秀なメンバーを集めて作ったプロの(プロ的な)合唱団などではなく、むしろそうではない子供・学生たち、一般の合唱愛好家による合唱団の指導にあたっている多くの指導者たちが、日々の活動や指導に悩み迷いながらも模索していらっしゃる姿を目の当たりにした思いがいたしました。
 またそれと共に、そのベテランリーダー達が、プロ合唱団や特に選ばれた子供・学生による聖歌隊だけではなく、普通の学校、アマチュアの児童や一般合唱団、地域の教会聖歌隊の指導者を含む“イギリス合唱界”の、次代を担う指揮者や指導者たちに何を求めているのかも少し感じ取ることができたように思います。

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